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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(行ツ)113号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人入江一郎名義、同加藤一芳、同藤堂裕の上告理由について

一  論旨は、まず、上告人の行つた昭和四六年二月二二日の石油製品価格の引上げ決定(以下「本件決定」という。)は、その後行われた通商産業省の行政指導によりその効力を失い、各元売業者は右行政指導の枠内で自主的に価格の引上げ額を決定することが可能となつたのであつて、それは、とりも直さず、行政指導の枠内での価格競争が回復されたことにほかならないから、本件決定による競争の実質的制限はなくなつたものと解すべきである、と主張する。

1  この点に関し、原判決が本件審決認定事実につき実質的証拠があるものとして適法に確定した事実は、おおむね次の(一)のとおりであり、上告人の主張する行政指導なるものと本件決定との関係に関する原審の認定判断は、次の(二)のとおりである。

(一)  昭和四六年二月二二日上告人の機関として一般石油製品の販売に関する事項等につき決定権を有する営業委員会(上告人の会員元売業者各社の営業を担当する常務取締役らをもつて構成されている。)は、三菱石油株式会社会議室において、委員長渡辺武夫以下一四委員出席のもとに会合を開き、「原油FOB(価格)UPに対する(石油製品の油種別)値上げ幅の水準決定」を議題とし、石油製品の販売価格の引上げについて協議した。その席上、重油専門委員長野田進一郎が、第一次から第三次までの原油値上り(原油FOB値上げ単価、製品換算一キロリットルあたり一一一三円)にともなう石油製品の油種別値上げ額の設定について、かねて作成されていた試算表等に基づき、昭和四六年度石油供給計画中の内需向け生産量と日本銀行昭和四五年一二月石油製品卸売価格ほか四計算基礎を用い、ケース一から五までの各油種別値上げ必要額を算出し、さらに、ケース一を基礎にこれらを総合し、石油製品の油種別値上げ目標額として、ケース(A)及びケース(B)の両案を算定する旨説明した。この説明があつた後、同委員会において、検討の結果、第一次原油値上り直後の同四五年一二月の石油製品販売価格に対し、ケース(A)すなわち、一キロリットルあたり、揮発油二〇〇〇円、ナフサ八〇〇円、ジェット燃料油一五〇〇円、灯油二〇〇〇円、軽油一五〇〇円、A重油一五〇〇円、B重油一〇〇〇円、C重油九〇〇円を値上げ目標とし、同四六年三月一日以降、それぞれ石油製品の販売価格を引き上げること、ただし、揮発油は、同年三月一日から、まず一〇〇〇円引き上げることを決定した。

(二)  上告人の主張する行政指導なるもの(以下「行政指導なるもの」という。)は、上告人の主張するところによつても、通商産業大臣が法律上の強制権限に基づいて行うものではなく、通商産業省当局の単なる指導にとどまるものであるとともに、その内容においても、原油コスト・アップに伴う負担増分の全額を需要者に転嫁することは適当でないが、製品換算一キロリットルあたり八六〇円の限度で、これを需要者に転嫁することはやむをえないとするもので、販売価格の引上げを指導したものではなく、その販売価格の引上げを決定した本件決定とはその内容を異にするものであつて、もとより本件決定を消滅させ、準拠すべき新たな価格を設定したものではないから、行政指導なるものに従いつつ本件決定に従うことも不可能ではなく、仮りに個々の上告人会員元売業者各社(以下「元売業者各社」という。)が行政指導なるものの事実上の強制力によりこれに従うことを余儀なくされたため、本件決定に基づく値上げの目標を完全に達成できなかつたとしても、その達成した範囲内では、それが本件決定に基づく値上げでないとはいえないし、もとより元売業者各社が行政指導なるものに事実上従つたからといつて、そのため本件決定の拘束力が消滅し、元売業者各社のその後の価格行動が右決定に基づくものでなくなるものともいえない。のみならず、元売業者各社は、行政指導なるものが行われる以前において、すでに本件決定に基づき、石油製品の値上げ額をその取引先に通告し、おおむね、石油製品の販売価格を引き上げているうえ、さらに行政指導なるものが行われた後の同年五月中旬ないし六月中旬現在においても、元売業者各社の各支店、営業所等においては、その値上げ未了分の値上げ達成のため市況等をみながら可能な範囲で努力中であることが明らかであつて、その間及び本件審判開始決定のときまでに上告人が本件決定を破棄し、あるいは値上げの申入れを撤回させるなど破棄に準ずる措置をとつた形跡はなく、他に本件決定が消滅したとすべき特段の事情も認められない。

2  ところで、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)八条一項一号にいう競争の実質的制限が成立するための要件としては、事業者団体の行動を通じ事業者間の競争に実質的制限をもたらすこと、これを本件に即していえば、上告人の機関決定により上告人所属の事業者らの価格行動の一致をもたらすことがあれば足りるものと解するのを相当とする。したがつて、事業者団体がその構成員である事業者の発意に基づき各事業者の従うべき基準価格を団体の意思として協議決定した場合においては、たとえ、その後これに関する行政指導があつたとしても、当該事業者団体がその行つた基準価格の決定を明瞭に破棄したと認められるような特段の事情がない限り、右行政指導があつたことにより当然に前記独占禁止法八条一項一号にいう競争の実質的制限が消滅したものとすることは許されないものというべきである。

これを本件についてみるのに、原審の前記認定判断によれば、事業者団体である上告人の行つた本件決定後、その実施の過程において、主務官庁の通商産業省当局が本件決定における引上げ幅圧縮のガイドラインを示したところ元売業者各社が事実上これに従つたにすぎず、本件決定がいかなる形式であれ明瞭に破棄されたと認めるに足りる特段の事情は何ら見当たらないというのであるから、前記競争の実質的制限が成立するための要件は十分みたしているものとみるのを相当とする。仮りに、本件において事業者団体である上告人により決定された原油の製品換算一キロリットルあたり一一一三円の引上げが行政指導なるものに従つた結果八六〇円の引上げにとどめられたとしても、行政指導なるものは価格引上げの限度を示したにすぎないものであるから、これによつてさきに行われた上告人の価格引上げ決定の効力に影響を及ぼすものとみることはできないといわなければならない。

二  論旨は、現実の市場において各事業者が、その製品価格や希望価格(交渉値)を決定するに当たつては、各事業者によつて異なるいわゆる油種構成比を考慮する必要があり、他方、事業者団体の示す油種別価格は製品の油種別構成とは関係なく決められるものであるため、各事業者の具体的販売価格を拘束する意味に乏しいかのごとく主張する。確かに、石油のようないわゆる連産品にあつては、各事業者それぞれの販売事情により、製品の油種構成比が重要な経営上の要因となることは否定できない。しかし、本件決定は、原審の認定又は推認するところによれば、昭和四六年度石油製品供給計画中の内需向け生産量を販売数量とし、日本銀行昭和四五年一二月石油製品卸売価格を販売単価として、前記一一一三円をいわゆる等価比率で割り振る方法により算定したものであり、事業者である元売業者各社は、本件決定に基づき各自自社の石油製品の値上げ額を定め、おおむね本件決定所定の期日から、揮発油については本件決定による価額のとおりに、その他の石油製品については右価額を目標として販売価格を引き上げているというのである。したがつて、本件決定自体は所論の油種構成比とは関係がなく、また元売業者各社が、それぞれの販売事情に応じた油種構成比を勘案することにより元売業者各社間において値上げ額に多少の相違が生ずるとしても、それは原審が認定した程度にとどまるものであるから、いずれにしても、所論の理由により本件決定が独占禁止法八条一項一号にいう競争の実質的制限にあたらないとすることはできないものというべきである。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 環 昌一 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)

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